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親に生活を任せきりにすると見えなくなる「応援のきもち」
実家で暮らしていると、特に困ることなく生活が安定します。
こういう状態を長く当然と思っていると、(ドライバー以外でも)どんな進路を選んだ人であっても、「親から応援されている」という実感がないかもしれません。
親が担っている役割の具体例
親が日常的に担っている役割は、想像以上に多岐にわたります。
「やってもらうのが当たり前」になる危険
一番の問題は、これらが「当たり前」になることです。
当たり前になると、感謝は消え、想いは見えなくなります。
やってもらう側は、何も失っていないうえに、「もっともっと!」「まだ足りない!」「なんでこうしてくれないのか?」と考えるようになっていきます。
しかし、支えている側は、時間も体力も感情も出し尽くしています。
このズレに気づかないままでいると、家族であっても断絶を生む危険性があります。
きょうだいがいる場合の見えにくい犠牲
きょうだいがいる家庭では、なおさら見えにくい負担があります。
子ども一人の活動を支えるために、
別の子どもが我慢していることも少なくありません。
時間、空間、親の関心。
これらのごく限られたものを「もしかしたら自分が独占しているかもしれない」、ということを考えるべきです。
親・家族の応援は「声援」ではない
応援というと、励ましの言葉や期待を想像しがちです。
しかし本当の応援は、もっと静かです。
家族の応援とは、「子どもが安心して活躍できる土台をつくること」です。
表に出ない準備、崩れない生活、いつでも戻れるあたたかい場所。
それがあるから、外で勝負ができます。
家事を担うことで初めて見えるもの
自分が家事を担うようになると、初めて分かることがあります。
一度や二度ではなく、毎日続けることの大変さ。
それを知ったとき、家族から受ける応援の意味がこれまでとは違って見えます。
応援されるに値する自分になるために
応援される人であり続けるためには、
支える側の想いを知っていることが不可欠です。
支えられている自覚がある人は、振る舞いが変わります。
感謝が生まれ、態度が変わり、やがて信頼が積み上がります。
今日のポイント
応援される人は、支える側の想いを知っている、いいやつです。
それは才能ではなく、視点の問題です。
というわけで、私の発信があなたのヒントになりましたら幸いです。
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