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レーシングドライバーも学校に行く意味とは?
― 学びは人生の選択肢を広げる土台になる ―
レーシングドライバーを目指す人の中には、
「学校の勉強は必要なのか」と感じる人も少なくありません。
走ることに直接関係ないように見えるからです。
しかし結論から言えば、
学校での学びは、レーシングドライバーにとって重要です。
基礎学力は、社会で戦うための土台になる
まず一つは、基礎学力です。
読み書きや計算といった力は、どの世界でも必要になります。
契約書を読む、データを理解する、スポンサーとやり取りをする。
これらすべてにおいて、基礎的な学力が土台になります。
これは競技力とは別の、
「社会で生きていくための力」です。
通学で得られるのは、知識だけではない
学校に通うこと自体にも、大きな価値があります。
決まった時間に行動すること。
人と関わること。
集団の中で自分の立場を理解すること。
こうした経験は、チームで戦うモータースポーツにおいても重要です。
レースは一人では成立しません。
多くの人と関わりながら、自分の役割を果たすことが求められます。
その土台は、学生時代の日常の中で育まれます。
(とはいえ、それが苦しい人もいます。実際長男は登校していませんので、決して通学を礼賛しているわけではないです。まぁでも、行けるなら、行った方がいいとは思っています。そこでしか得られないものもあるからです。)
学生時代は「学び続ける力」を育てる期間
学生時代の学びは、
「学ぶ姿勢」を身につける期間でもあります。
何かを理解すること。
できなかったことができるようになること。
その繰り返しが、成長する力になります。
この「学び続ける力」は、社会に出てからも必要です。
モータースポーツの世界も同じです。
技術も、知識も、環境も変わり続けます。
その中で成長し続ける人は、例外なく学び続けている人です。
教養は「人としての魅力」になる
教育は、競技者としてだけでなく、
人としての魅力にもつながります。
知識や教養がある人は、言葉の選び方が変わります。
物事の見方が広がります。
いろいろな話題についていけると、場を楽しめるので、また別の場に誘っていただきやすくなります。
対話ができると相互の理解も深まり、より応援されやすくなります。
その積み重ねが、信頼につながります。
レーシングドライバーは、
速さだけで評価される職業ではありません。
人としてどうあるかも、見られています。
学びは遠回りではなく、可能性を広げる近道
学校での学びは、時間の無駄、遠回りに見えるかもしれません。
しかし実際には、
人生全体の選択肢を広げる土台になります。
走ることだけに集中するのではなく、人としての幅を広げること。
それが結果として、レーシングドライバーとしての可能性も広げます。
ほなまたー。
レースが好き!ということと、レースでしか生きられない、ということは別だと私は思っていて。
そのためにも学力・知識や、サブカルチャー等幅広い教養が求められるのです。
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